favlist
川邊健太郎

川邊健太郎

LINEヤフー(株)代表取締役会長、日本IT団体連盟会長
経営者と猟師と漁師の3足の草鞋で働いてます。 インターネットと自然と日本が大好きです!

コレクション

若者にオススメしたいビジネス書"以外"

"活字中毒"である私、川邊が過去読んだ本、書評をオススメしていきたいと思います。(もちろん、新作も) といっても、優秀な皆さまであれば、話題のビジネス書は目を通していらっしゃるでしょう。今回、私がオススメするのは、みなさまの守備範囲外であろう本たちです。 特に、これからの日本の未来を担う若手、スタートアップ、がんばるビジネスパーソン達に副読本的に読んでもらいたい本を紹介していきます。
+10

愛用アイテム

64(ロクヨン) 1枚目
 

64(ロクヨン)

1,189円
"読んだ"のではなく、Audibleで"聞いた"のだが、これほどに小説らしい小説もそうないのかな、と思う。 7日間しかなかった"昭和64年"に起きた誘拐事件のその後を、警察庁と県警、県警内部のよしなし事とを緻密にリンクさせながら展開していくクライム・組織論小説。 横山秀夫は、クライマーズ・ハイ等、とある事件とそれを扱う組織や末端の人間との相克を描くのが上手。「物語の"劇性"とは"葛藤"である」ことがよく分かる作品です。
家康、江戸を建てる 1枚目
 

家康、江戸を建てる

946円
今もなお発展を続ける1500万人都市の大東京。発展の基礎は、今年の大河ドラマの主役である徳川家康が作った訳で、その初期の頃、江戸がどのように造られていったのかを、河川、通貨、水道、石垣、天守閣をそれぞれ造った有能な役人を中心に描いていく歴史小説。 NHKでドラマ化もされてます。 この作品は、なかなかの新機軸。おもしろかった。 江戸は「ここを徳川の一大拠点にしてみせる!」といいう家康の信念と「元和偃武、平和の時代こそ自分の出番!」という有能な役人との情熱が掛け合わさったことでできたことがこの本を通じてよくわかる。 家康モノと言えば、いまの大河ドラマがまさにそうだが、本多忠勝、井伊直政、酒井忠次、あるいは本多正信などが主要登場人物。 だが、この本にはそれら一線級のスターは出てこない。 伊奈忠次(利根川を東遷させ関東に莫大な農耕地を作り上げた男)、後藤庄三郎(日本橋付近に金座、銀座を造り、日本を秤量貨幣から計数貨幣制度に変えた男)、大久藤五郎と春日与右ヱ門と百姓の六次郎(現在の井の頭公園の水源を開発し、水道橋を通して山の手に飲み水を供給した男たち)などなど、 歴史に埋もれた実に渋い配役で物語が展開していく、まさに一隅を照らす者たちの大江戸プロジェクトXな訳である。 巨大権力者と能吏達との壮大な都市建設物語、現代の官僚や巨大組織に勤める人たちにもぜひとも読んでもらいたい本である。
空海の風景(上巻) 1枚目
 

空海の風景(上巻)

2,200円
昭和・平成で"国民的作家"と言われた司馬遼太郎さんの作品で、若手が読んでなさそうなモノを紹介します。 私のブクログの小説のカテゴリで初めて★5をつけた。かつ暑苦しい司馬遼太郎の小説で二回以上読んだのは「関が原」と「空海の風景」だけ。それぐらいこの小説が好き。 空海は約1200年前の人物であり、そういう遥か昔、かつ宗教という精神世界のことを 「小説になんかできるわけないだろう!」 という作者の開き直りからこの独特の小説が生まれるわけだが、まさに小説と言うよりも心象スケッチである。 でも、それがよい。 司馬遼太郎の想像力や思考がどういうものであったか、そして中世の日本人や中国人、そして仏教のことがおぼろげながらもいろいろ理解し、消化されていくようでなんとも好奇心をくすぐられる作品になっている。 以前訪問した高野山の住職が 「空海というのは"日本的"と言われるもののほとんどすべてを作った。いわば日本と言うOSを作った人という感覚。長くはない活動期の中でこれだけのことをやれたという点において、アリストテレスやレオナルド・ダヴィンチと並び称されててもよいぐらいである」 と、おっしゃっていたのだが、そういった空海の類まれなる才能はこの作品を通じても余すところなく伝わり、それを司馬遼太郎はある種のうさんくささをもった人物として空海を表現している。 空海とは、それぐらい実力も"山っ気"もある人物だったのだろうと想像が広がる。 夏休み、この小説を読んだ上で、高野山に旅してみるのもまた楽しいかと。
野望の王国 │ 完全版 1 1枚目
 

野望の王国 │ 完全版 1

544円
それぞれに幼少の頃に遺恨を背負った東京大学アメフト部の二人組、橘征五郎と片岡仁が暴力と知力で日本の支配を試みる、日本マンガ屈指のバイオレンス作品。 ハチャメチャな本作の原作者は「美味しんぼ」の雁屋哲、圧倒的な筆圧の作画は由紀賢ニ。 以前に書いた書評はロストしてしまったので、私の人生に重要な影響を与えた本書を、やや回想録風に新たに書いてみます。なので、ストーリー等は実際に読んで頂くか、Yahoo!で検索してみてください。 高校生の頃、誰しもジャンプなどの週刊少年マンガ誌から青年マンガ誌へと乗り換え、大人の階段を登る訳ですが、私は"ビーバップハイスクール"や"ゴリラーマン"を擁する"ヤンマガ派"でした。 "スピリッツ'は、"コージ苑"→"伝染るんです。"という伝説的な巻末4コマ連載を楽しみに読んでいた程度で疎遠でした。 それが、相原コージと竹熊健太郎、両氏によって連載が開始された「サルでも描けるまんが教室」によって、毎週見逃せない雑誌となっていくのです! "サルまん"自体が、全てのスタートアップとビジネスパーソンに読んでもらいたいくらい分析的で目線の高い漫画なのですが、とにかく毎週夢中になって読んだ"サルまん"の画風が「野望の王国」というマンガのパロディなのである、という話を大学の頃に小耳に挟んだのです。 ちなみに、"サルまん"のストーリーも「漫画で日本を支配しよう」とする相原(19歳)、竹熊(22歳)という設定となっており、全般的に「野望の王国」へのオマージュ、パロディ感が強い作品であります。 それで、どうしても「野望の王国」を読みたくなった私は、渋谷の丸山町にあった"まんだらけ"に通って本書の中古本を大学4年間かけて少しずつ買い集めていったのです。 読んでもらえれば分かりますが、「野望の王国」の一巻辺りのストーリー展開と殺される人の数は猛烈です。 本書が絶版してからかなり時が経過した1990年代前半のまんだらけ一店舗における本書の入荷可能巻とストーリー展開とのアンバランスさは凄まじく、結局、全巻コンプリートはおろか、歯抜けでしか単行本を揃える事ができず、当然にストーリーもさっぱり分からないもどかしい数年が私の中で過ぎて行きました。 1巻飛ぶだけで、全然話の展開について行けなくなるのです。。 転機は98年。当時、インターネットが産業として勃興期を迎えており、特にスタートアップの盛り上がりは凄まじく、渋谷界隈のベンチャー企業を糾合した"ビットバレーな夜"という会合が毎月の様に繰り返されていました。 その"ビットバレーな夜"会合の代官山の鎗ケ崎交差点付近のクラブで開かれた会合で、"ビズシーク"なる会社を経営している人物と知り合いになりました。 聞けば「全国の古本屋を束ねて本を探して購入できるサービスをネット上で提供している」との事でした。その当時、「知り合ったネット企業経営者のサービスは全部使ってみる」習慣を持っていた私は、ビットバレー会合後に電脳隊の事務所に戻って、その知り合った人のサービス、"Easy Seek"にアクセスしてみました。 Easy Seekのトップページには「探し物はなんですか?」と書かれていて、一番良い位置に検索窓があります。 古本が探せるサービスであることは、代官山で聞いていたので、「探している本と言えば、、」ということで反射的に入力したのが大学時代、4年間かけても全巻を探しきれなかった「野望の王国」でした。 当時のEasy Seekの仕組みは、探している本を登録すると、束ねている古本屋が個別に電子メールでお知らせしてくれるものだったので、あまり期待をせずに返事を待っていました。 すると数時間後、何と複数の古本屋さんから 「野望の王国、全巻あります。 保存状態良」 みたいな返事が来るではないですかっ! これにはびっくりしました。自分の足では数年間がかりでもコンプリートできなかった作品が、僅か数時間で、、 この凄いサービスを作っていたビズシーク社の社長こそ、のちにEコマース革命やPayPay事業を共に行なっていき、最終的には私のヤフー社の社長の後事を託す事になる小澤隆生氏その人だったのです。 「こんな凄い、意義深いサービスを提供している社長とは一度、ご飯を食べておこう」と思って、数年間探していた漫画が一瞬で見つかった旨のお礼と共に会食のお願いを小澤さんにしました。 会食中、話は当然に「野望の王国」に及び、小澤さん自身もそれを読む事になり、かつビズシーク社で仕掛けた新たなサービスである「復刊ドットコム」の影響もあったのか、本書は見事に出版社から再発売されたのでした。 とまあ、こんな感じで、自分との関わりでこんな長期間に渡り、こんな展開を見せた本は他にはありません。 「野望の王国」の圧倒するパワーと残虐性、そしてこの作品に突出した"思想のなさ"はどこから来るのか、興味があります。 なぜならば、原作者の雁屋哲は本作以外はむしろ思想に満ち溢れた作品ばかりを世に送り出し続けているからです。 雁屋哲の生い立ちや思想は、その昔、少年サンデーで連載されていた「オレのまんが道」の雁屋哲編で読んだ事があります。 小中学生の頃に読んだうろ覚えの記憶だと、確か体が不自由で(車椅子?)、進学した東大は全共闘真っ只中で、左派思想に染まりつつも車椅子で一緒に闘えなかった悶々とした気持ちを漫画にぶつけている的なことが書かれていたように思います。 雁屋哲のそのもどかしさが投影された作品が少年サンデーで1974年~1979年にかけて連載された「男組」です。 権威主義独裁体制的な青雲学園(高校)およびその支配者である神竜剛次(高校生)に対して、主人公である流全次郎(少年院生)が本格的な功夫を駆使して闘いを挑み、最終的には神竜の父親である"影の総理"にカミカゼ特攻を仕掛け、"俺たちの理想"を実現しようとするストーリー。 そこで語られる理想は、若さであり、仲間であり、自由であり、キリストの"一粒の麦"の喩えられ、そしてなによりも、流全次郎が不利を承知で終盤までつけている(ことを誓った)"手錠"が、実生活における雁屋哲の"車椅子"とオーバーラップして、エモ言われぬ思想的熱さを作品全般から感じ取ることができます。 はたまた、1983年~2014年まで連載された"美味しんぼ"は、文化的には"グルメ漫画"というジャンルを確立するという画期的作品であるにも関わらず、そこに通底するメッセージは、合成着色料反対、牛乳の高温加熱反対、最終的には原発反対と、良く言えばエコ思想、悪く言えばギトギトの左翼思想を、平和な時代の青年誌読者諸君に"思想教育"し続けた伝道書であり続けました。。 思想で貫かれた"男組"から"美味しんぼ"の2作品の間に連載した「野望の王国」(1977年~1982年)だけがひたすら無思想、結果的に「登場人物は全て極悪人」というアウトレイジ的作品に仕上がった、この虚無感は一体なんであったのでしょうか? そういった無思想性が影響してか、「野望の王国」のストーリー展開はどんどんと荒唐無稽となっていき、が故に読む者の注目と疑問とをより集めずにはいられなくなっていきます。 荒唐無稽さの代表格は、読者の間で"川崎問題"と言われている、「物語が川崎の制圧から全然先に進まない」、「一体、川崎で何千人、殺されているのか?」といった物語の異様な展開。 そして川崎問題の主要因である橘征二郎と「実は一緒にやっていけるんじゃないの?」と突っ込まれた際の征五郎の取り乱し方と、全くたいしたことがないその(征二郎とは同じ天を抱けない)理由。 とんでもない闘争と混乱を経た上で、ついに野望を成就させた征五郎が、その達成を確認をする仰天の手法、、などなど。。 どれもが読んでから25年近くを経てもなおこれだけのツッコミと絶賛として評論できるのでありますから、 「思想よりもインパクト」 を目指したであろうこの作品の面目躍如というところでしょうか。 結果的に、この作品とそれが持つエネルギーは、スタートアップした直後の私の脳裏に強烈に残り、 「電脳隊メンバーは全員、"野望の王国"を読まなければならない」 という社内の暗黙知となっていったのであります。。 (ミーティングでも何かを伝える際に 「それは赤寺なみのクオリティでやってくれ!」 など、野望の王国メタファーで会話する為、実際に読んでいないと仕事に支障をきたす事になっていました) それから少し経って、師事していた日本の中央官庁の官僚の方に、馬鹿にされるのを覚悟で本書を薦めて見たところ、(たぶん、漫画とか読んだことないスーパーエリートな人だと思うのですが)、一夜にして全巻読んできて一言、我々にこう言いました。 「昔の日本って、ほんとこんな感じだったんだよねー」 と苦笑まじりに仰られていたのが、爆笑かつ印象的でした。 なので、スタートアップ界隈の人がよく(マンガの) 「"サンクチュアリ"が私のバイブルです」 と言うのですが、(今回書いてきた経緯的に)私からしたら、それは笑止千万。 であれば、"男組"、"野望の王国"、"サンクチュアリ"と読み比べた上で、言ってみろ、という事なのであります。 野望への渇望感が違いすぎるので、スタートアップは断然、「野望の王国」を読まねばなりません! (ちなみに、"サンクチュアリ"と"男組"の作画は、同じ池上遼一先生です) すみません、「野望の王国」について語っていたら、思わぬ長文となってしまいました。 あなたのハートには、何が残りましたか? いやぁ、漫画って本当にいいもんですね~
漂流 1枚目
 

漂流

742円
私が人生で最も勇気付けられた小説です。 江戸時代の実話を元に書かれた作品。 徳川幕府の鎖国政策という極めて保守的かつイノベーションを許容しないことによって生じた社会によって、江戸時代唯一の冒険スペクタルは、国禁止を犯した漂流者に対する取り調べ吟味書であったという作者・吉村昭独自の着想で書かれている。 舞台となるのは、(漂流民達はわかってないが)伊豆七島というか小笠原諸島の青島。そこに漂着した漁民達がどのように、何を支えとして生き残り、そして意外な展開を迎えたのかを淡々とした吉村昭テーストで描きだす。 (以後、吉村昭は何冊もの"漂流モノ"を書き記す事になる) 島内の資源は、大量にいるアホウドリとたまに流れ着く舟材の藻屑のみ。。 生き残れた最大の要素は作品冒頭の、一見関係なさそうなエピソードの中にあるので、そこを注意して読むのがよいかと。 スタートアップ界隈では「あなたのハードシングスは何ですか?」と聞くことが流行っているようですが、むしろ私はそれらの人の全てに、、 「"漂流"を読め。 これの前には、我々のあらゆるハードシングスは、ハードシングスではない。 アホウドリしかいない世界で君は正気で生き残れるか?」 と言いたいと、常日頃から思っています。 (↑ここ最重要ポイント) なぜか最後には勇気づけられ、元気になってしまう読後感を得られる本ですので、本物のハードシングスに興味がある方はぜひともお読みください。
謎の独立国家ソマリランド │ そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア 1枚目
 

謎の独立国家ソマリランド │ そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア

990円
ソマリアと言えば海賊。そして首都モガディシオを中心として"リアル北斗の拳"が横行している国というか無法地帯のイメージがあるのだが、なんとソマリアの北部では"ソマリランド"が事実上の国家として十分に機能し、民主的で平和な国家を作っているらしい。そして、経済はほぼ規制がない為、自然と最も合理的に運営され、発展が訪れているのだから驚きだ。 本書はこの"謎の国家"ソマリランドでの見聞を中心に近隣の海賊国家・プントランドや"リアル北斗の拳"モガディシオなどの物騒な事情なども十分に触れながら「なぜこのような平和国家が出現でき得たのか?」ということに迫っている。 読み終えれば"統治"や"民主主義"ということの原始的な本質が学べるし、我々では全く想像できないような文化の違いをこういう本を通じて知れるのは好奇心が満たされて楽しい。旅をしたくなる。 作品中、作者がソマリアの文化である"カート"を食べまくっているのが面白い。カートで調子をつけてハイになってから部族同士が話をする。平和の源泉は意外とこんな所にあるのかもしれない。 なお、この書評はこの本が出た当時のものですので、最新のソマリアの政治的状況はこれとは異なるものである事を予めご了承ください。